2010年8月17日火曜日

ムラサキ


韓人の 衣染むといふ 紫の 心に染みて 思ほゆるかも(「4・569)
カラの人々が衣を染めるという紫色のように、鮮やかに心にしみついてあなたのことが思われる

 ムラサキは濃い緑色の葉と小さな白い花がさく、多年草で根を採取し染料として使用されていたが最近ではムラサキそのものが絶滅種に指定されている、栽培は発芽率が低くウイルスに弱いため株を増やすのに大変な苦労がいるようです、栽培用に同属異種のセイヨウムラサキがある、
 染織用に使用された根は紫根といわれ年数の経った太い根ほどきれいで濃い紫色に染まったそうです。最近ではお目にかからないが紫に染めた絹の布を鉢巻きにして頭に巻き病気平癒を願う風習があった。歌舞伎でお目にかかるのがこの紫の鉢巻きである。

 根は紫根として日本薬局方に収録されており抗炎症作用、殺菌作用、創傷治癒促進等があるらしい、口内炎のお薬に使用されているそうです、紫根に含まれるシコニンという成分をバイオテクノロジーで大量生産し口紅につかわれている。

夏に白く小さな花が咲く植物にサギソウ、ダイモンジソウがあるどちらも不ぞろいな花が咲く、緑の中に白い花を見るとさわやかさがある、ダイモンジソウは暑さに強い植物だそうで満開時に全草を刈り取り天日で乾燥させ欠席などの際に煎じたものを飲用するそうです。

2010年8月15日日曜日

女郎花


をみなへし 秋萩凌ぎ さ雄鹿の 露分け鳴かむ 高円の野そ(20・4297大伴家持)
露に濡れたおみなえしや秋萩を凌いで雄鹿が露を分けて鳴くであろう、そんな高円の野だ

 上は高円の野に酒を持って登った折に詠ったもので下は宴席で詠おうとしたが未奏となったものである

秋風の吹き扱き敷ける 花の庭 清き月夜に 見れど飽かぬかも(20・4453大伴家持)
秋風が吹いて散り敷かれた花の庭を澄み切った月明かりのもといくら見ても見あきないことだ

 8月7日を過ぎると秋である詠われるときにも秋を思わせる言葉が多いのも自然の成り行き、現在のように居酒屋や焼き肉店でちょっとお腹いっぱい飲んだのでなく、風雅を詠う余裕がある酒の肴が景色であり月明かりをたよりに下山したと思われる。
 女郎花(おみなえし)が詠まれた歌はよくあるようです、秋の七草で花言葉は「親切」「美人」「永久」「忍耐」「はかない恋」だそうです。生薬名は敗醤根(はいしょうこん)消炎製解毒薬として根がつかわれたようです、男郎花(おとこえし)という花もあるそうです。
 ススキと女郎花を生け白玉のお団子に砂糖を振りかけて店頭でのディスプレーでは真っ白なお団子にパウダーシュガーと薄茶がまぶされ、その下には濃い茶と氷砂糖を砕いたのが敷かれてあった氷砂糖は枯山水のお庭の砂、濃茶は苔でお団子の薄茶は青モミジか松の葉。
 送り火のお供えにお団子、高価なお菓子ではなく手作りのものが一番です。
 女郎花の仲間にカノコソウがあるこの花は鎮静効果があるそうでお盆の帰省中渋滞でいらいらしているドライバーに落ち着いてとソーッと差し出すのも効果があるか

2010年8月14日土曜日


玉掃刈り来鎌磨室の樹と 棗が本とかき掃かむため(16・3830長意吉麻呂)
たまはばきを刈り取ってきなさい、鎌麿よ。室の樹と棗の樹の下を掃除したいから。

玉掃(たまはばき)、キク科のコウヤボウキ
室の樹(むろのき)、ヒノキ科のネズ
棗、クロウメモドキ科、6月に淡黄色の小さな花を咲かせ8月中ごろ実がなり9月ごろに実が熟す、実は生のままでも食され祝いごとにももちいられる。利尿や鎮静効果があるそうだ。
 

 今日、京都市役所の本庁舎の前を通ると白とピンクの百日紅の花がまだ咲いていました8割は薄い緑色の実になっていましたが開花の時期はもう少しで終わるようです。久しぶりに昔の知人とお茶をしました、知人に「長月の時雨・・・」と話すと知っているとのことで大変うれしく思いました歌の意味は別として知る人ぞ知る。この知人に梅やモモもいいけど棗も生で食べられるし乾燥させてお菓子に使えるよと伝えるのを忘れました。
 栗名月、芋名月のころ栗やお芋のお菓子とともに棗も一緒に添えるといい

ムクゲ


淡海の海 夕浪千鳥 汝が鳴けば 情もしのに いにしへ思ほゆ(3・266柿本人麻呂)
あふのうみゆうなみちどり ながなけば こころもしのに いにしへおもほゆ

夕焼けのきれいな湖面を千鳥が鳴きながら飛ぶ姿を見て都の興亡を見るにつけ心がしおれるほどである

 場所は崇福寺付近の湖岸である、万葉の時代には今日のように浜近くまで民家はなく山側に街道があったと思われる、千鳥の鳴く姿を見るには山寺から湖岸へいたる途中か唐崎の浜まで出るしかない、緩やかな下り坂を浜へと向かいながら対岸を見ると近江富士が夕日に映えて美しく見える、途中の古い民家の庭のザクロの花が落ち小さな実がなり始めている、まだ実が割れて紫色の果実が宝石のように見えるのはまだ先のようである、そろそろ、木槿(むくげ)の花が咲き誇るころである。

 石榴の根の皮・樹皮は石榴皮といわれ腸出血、扁桃腺、口内炎に効能があるそうだ、石榴の実は喉の痛みをおさえるそうで水で煎じてうがいをすると書物で見たことがある!石榴の実は子どもの守り神である鬼子母神の好物、

 そろそろ、木槿の可憐な花を模した練りきりのお菓子が出始める頃で水菓子の時期とかさなり団子と練りきりのお菓子がわらび餅と肩を並べて店頭に並び始める
 ムクゲの蕾は下痢止めの薬として珍重されたそうですが天日で干し保存するそうですが花が咲く前に全部を採取するのは野暮、少しは残して開花を楽しみましょう。 

2010年8月12日木曜日

ハシバミ


思う子が 衣摺らむに にほいこそ 島の榛原 秋立たずとも(10・1965)
ハシバミの実がみのる秋はまだですけど、私の思いはつのるばかり、あの人の衣を早く摺ってあげたい

 榛の木は7メートルの樹高になるが30年程度の寿命だそうです、土地に必要な窒素を固定する植物として知られ土地改良の樹として植えられてきた、また、アイヌは血の木ケネとして樹皮を煎じてお産の後に飲ませていたそうである。
 摺り染めとは模様染めだそうで榛の実を蒸し焼きにした黒灰を用いる方法と実を煎じた汁で茶色に染める方法があるそうです。

 239年に卑弥呼が中国に使節を送ったときに土産として「男の生口4人、女の生口6人、班布242丈」を献上したという記録がありますが生口は中国語で奴隷という意味、大国の王が10人ほどの慟労力を送られて喜ぶはずがなくこの場合の生口は特殊な技術特に中国ではまれな技能をもった者という意味で勿論、当時のことですからそのまま中国にとどまったものと思われ、そういう意味で生口と記録されているようです、女性の場合は側室という場合もあり美しく賢明な方も含まれていたものと思います。布は中国にもあるはずですがこれだけのものを献上するということは中国にない織り方や染織をしたものであることは明らかで中国では錦織のもので日本からのものを特に倭(やまと)と呼び珍重し特殊なものであったようです。

 榛の花は春に咲き、実は秋になる。詠った時期はこのころであること秋も衣装、冬の服を造る構想をねっていたのでしょう。

 少しづつ涼しくなるのかと思いますがまだまだ暑いです、12日ですお盆のお迎え団子、米粉を湯で練って蒸し御先祖様にお供えをするようですが、今では忙しくてできない家も多いようです、そんなの作る手間と時間がないという方は買ってくれば美味しいお団子、この時期だけ限定で販売されてます。

2010年8月11日水曜日

ノイバラ


道の辺の茨の末に這は豆の からまる君を別れか行かむ(20・4352丈部鳥)
みちのへのうまらのうれにはほまめの からまるきみをはかれかいかむ
道の辺のうまらに豆のツルがはいのびるように気持ちがからまるあなたを置いて、私は行かなければならない

防人は現在でいう徴兵のようなもので任地に向かう時には送り届ける役人が同行ししかも交代の者が来るまで3~5年任務に就く、防人は都を守る任務ではなく当時の国境や交通の要衝の防衛にあたるわけであるから辺境の地でに赴くわけで、任地に向かう途中や任地で病死したり任務が終わり帰るときに亡くなる者もいた。
 当時は食料は個人の責任で調達しなければならず任務だけでなく任地に行くませの行程、帰りの行程も苦しいものであった。
 任務を履行するためであるから国で食料の面倒をみるという時代ではなかった、しかも、交代の者が確実に到着するという確約はなかった。
  
 うまら、茨からノイバラに転じたもの園芸品種ではなく花も小さく可憐なもの。
 ノイバラと豆のツルとが絡んだ状態を詠んだ防人の心境は棘を表わし花や香りを詠っていない、棘だらけのバラの茎と豆のツルが絡みとけないほどの別れの辛さ、過酷な身の上では花や香りを詠う余裕があるはずがない。
 
 ケーキにクリームの薔薇がのているのをよく見ますが、砂糖菓子で作られた薔薇は茎も棘も葉もリアルに造られている。砂糖菓子の牡丹を見て薔薇と勘違いしている方もありますが本物の花のように見えれば見る方も間違えることもある。
 京都御苑の北西に京都菓子資料館があります有料ですがお茶とお菓子をいただけ精巧な砂糖菓子も見ることができます、工芸菓子は手入れも大変ですが一度作れば10年ほどはもつらしい、烏丸通りの西側、相国寺のにしです饅頭人形のストラップも売っていました。

2010年8月10日火曜日

鶏頭


恋ふる日の日長くしあれば み園生の 韓藍の花の色に出でにけり(10・2278)
恋しいと思う日が長く続くので、私は庭に咲く色鮮やかなカラアイの花のように顔色にはっきり出てしまった

韓藍(からあい)、鶏頭

 鶏頭の花言葉は「永遠の愛」「情愛」「色あせぬ恋」「おしゃれ」であるそうで万葉人も恋の花と見ていた東西を問わず恋の花である

 鶏頭の花は染料として用いられていたようで赤い花の部分を集めて染めると赤みかかった朱色になるそうです。色の染まり具合は絹、木綿、麻それぞれ若干の違いがあると思われるが情熱的な色になることは間違いない。
 
 今日は8月10日、六道詣りの最後の日です。落語に幽霊飴という話があり毎夜、飴屋に若い女性が現れ飴を買って帰るので後をつけると墓場で幽霊が墓地で産んだ子に飴を食べさせて育てていたという内容であるが詳細は寄席で、
 麦芽糖とザラメ糖を煮詰めて冷やし適当に割った琥珀色の飴、女性の幽霊が子供を産んで育てていた墓地があるのは高台寺で落ちは「子を大事」である。
 恋も愛も大事だがその結果、生まれた子は大事だよ。