2010年9月27日月曜日

おもいぐさ


道の辺の 尾花が下の思い草 今さらさらに何をか思はむ(10・2270)
道の辺の尾花の下のおもいぐさのように、今さらあらためて何を思いましょうか

おもいぐさ、ナンバンギセル(ハマウツボ科)ススキなどの根に寄生する一年生の寄生植物、日本原産であるが17世紀にタバコが渡来し喫煙具の煙管に似ていることからナンバンギセルといわれるようななった。
ナンバンギセルは葉緑素をもたず光合成ができないことからイネ科の植物に寄生し養分をとりながら生育する。
野に咲く思い草は人に例えれば一人ではどうすることもできない事情をかかえもの思いをしている女性に例えられるようです。

生薬名を野菰(のこ)といい秋に全草を刈り取り天日で乾燥させたものを少量煎じて飲用すると喉によく強壮作用もあるらしい。栽培するには秋に種を採取しイネ科の植物の根基に蒔くか液肥をたびたび散布し西日をさけて栽培するとよいそうです。 
 花は白い花びらに額の部分と周りが淡いピンクで可憐な感じがするがナンバンギセルではお菓子の銘に合わないのか思い草なら秋の風情に合うと思うもののまだこの花に合うお菓子に出会っていない。

2010年9月26日日曜日

月夜


萩の花 咲きのををりを 見よとかも 月夜の清き 恋増さらくに(10・2228)
萩の花が咲き乱れているのを、見よとでも言うのか、月がさやかだ。萩の花への恋が増さってしまうのに

この歌は9月17日に詠まれた、満月まで5~6日の月も美しかったのなら今日から2~3日の間の月も奇麗なはずである季節を楽しむなら雨で月見ができないと暗くならずにあの辺りの雲の先に月が輝いていると月見をするのも粋な月見だそうで月が出る時刻が日一日と遅くなると今か今かとときめきながら待つのも良いものである。
 中秋の名月が近づくとお菓子屋の店頭には月を連想するお菓子が並びます、形は色々ですが兎を思わせるものや満月を連想する白い饅頭が多いなか鶴屋吉信で嵯峨野という饅頭があると聞いたことがあります、嵯峨野は多くの歌人や都人が名月をめでたところ、月見イコール嵯峨野であるならなるほどとうなつける、卵黄を加えたしぐれ生地に焼印でススキを描くと中秋の月見にピッタリのお菓子と納得できる、白い薯蕷饅頭の兎を思わせるお饅頭も塩瀬のうさぎ饅頭と同じくおとぎ話を思わせる。
 秋もこの頃になると葛を使ったお菓子の色も色づいてくる、砂糖がぜいたく品であった頃は黒糖の味と色で暖かさをごちそうとしたようですが紅茶やほうじ茶で風味と色をつけ甘味料を加えて湯気が上がらない程度の温かさの御馳走もいいものと思います。

2010年9月25日土曜日

彼岸花


道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は(11・2480)

道の辺に咲いているいちしの花は、はっきりと人の目につく。私の恋しい妻のことも、その花のようにもう人々に知れ渡ってしまった。

いちし、彼岸花のことで多年草の帰化植物である、天上に咲く花といわれている曼珠沙崋、「イチジバナ」「イチシセン」「手腐れ花」「舌曲り」「花見ず花見ず」「仏花」「狐花」「狐簪」など20近い呼び方がある。

彼岸花は全草に毒を含み球根にはアルカロイド系のリコリンが含まれ生で食べると下痢や吐き気を催しまた神経麻痺を起すが、漢方では石蒜(せきさん)といい球根をすりつぶし小麦粉を入れて軟膏状に練りタムシや水虫の初期の湿布薬として用いられたようです。
毒性の強い植物ですが人の知恵と経験は素晴らしく特別な処理をすれば食用となるようで飢饉の時には球根を掘り出し飢えをしのいだということです、これは海の貽貝という貝を普段は採らずに食用になるものがつきたときに採取していたものと同じであると思われる、採取や処理に手間のかかるものは非常の際以外は手をつけないのが自然の恵みに対する昔の人の考え方。 

花は燃えるような朱が目立つが白い花や黄色い花もある、

お彼岸と言えばオハギあるいはボタモチですがもち米を蒸して俵状にニギリ漉し餡や粒餡をしっかりと塗りつけるようにするが所が変われば餡を包むように握るところもある、コンビニで販売されたいるおにぎりは三角ですが三角のオハギはない、俵は大黒様であり大国主命につながる、昔の商家では商売繁盛、家内安全ということを願いお握りは俵型であったと聞いたことがある、三角に結ぶ場合は、穢れを払う法事、通夜、葬儀などの行事に限られていたようです。

月見団子も所により違うようで関西ではお団子を餡でくるみますが関東は白いお団子であると聞きました、最近はお月見団子ならぬ月見饅頭はウサギの型をしていたりお団子に黒蜜やニッキをまぶしたりで店頭のお菓子を見て歩くのも楽しい、栗名月、芋名月楽しむのはどちらの名月でも9月と10月はお月見を楽しみましょう。 

2010年9月22日水曜日

石榴


夏まけて 咲きたるはねず ひさかたの 雨うち降らば うつろひなむか(8・1485大友家持)

夏がちかづいて咲いたはねずの花は、雨がちょっと降ったりすると、せっかくの色もあせて散ってしまいはしないだろうか

ザクロは、鬼子母神が好む果物、遣唐使によって伝えられたといわれているが「はねず」がザクロであるのか庭梅であるのか芙蓉なのか諸説ある、ザクロの果皮には下痢止めの効果と腸炎に薬効があるそうです、樹皮や果実にはタンニンが多く含まれているので生薬として服用するには注意が必要。
 
 石榴のジュースをいただいたことがある、色は果実と同じで透き通るようなきれいな色、ケーキの色付けや風味づけにつかわれるわけがよくわかる、アフガニスタンでは種なしのザクロがあるそうでまた、品種改良され果実の大きなもの、花を楽しむものなどがある。

 鬼子母神の神紋がザクロである理由は諸説ありますが子供が授かりますようにとか安産でありますようにという、子供が授からない夫婦の拙なる思いと懐妊すれば苦しむことなくお産ができますようにとの願いが込められている。
 日本神話に登場する伊耶那美はいく人かの子供を産んだのち火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を生む際に大変な難産であったそうですお産の苦しみは神様もよくご存じのことですが苦しみは軽いほうがよいですね
 
 

2010年9月21日火曜日


ま葛延ふ 夏野の繁く かく恋ひば まこと我が命 常ならめやも(10・1985)
まくずはふ なつののしげく かくこひば まことわがいのち つねならやめも

葛が旺盛に這い広がる夏野のように、こんなにあなたを恋していたら、ほんとうに私の命はいつまでもつだろうか

葛、生薬名は葛根(かつこん)山野のみならず日本全国いたるところに自生しており栽培する際は芽出し直前に古い根を掘り出し庭先などに植える。夏に紫色の花が咲く、秋に根を採取し発熱や解熱薬として使用した、風邪薬としてだけでなく口の渇きや吐き気にも効果があるそうで、抹茶やユズ味の葛湯などが売られているのでこれから寒くなった時には風邪の予防のため常備されてはどうだろうか。薬としてでなく寒い日のおやつにも最適である。

葛の新芽や若葉は塩茹でをして和えものにしたり塩漬けやぬか漬けあるいはみそ漬けにして保存すると油いためなどにしていつでも食べられる、また、てんぷらにしてもよく、花は三杯酢にしたりみそ汁などの実にもいい。根から取れた葛粉は葛饅頭や羊羹等のお菓子や料理に使われるほか昔は葛の繊維で葛布が作られていたが現在は特別な儀式や行事用に作られているだけである、葛布は麻よりも光沢があり丈夫であるそうです、化学繊維を作る技術とバイオテクノロジーで同じようなものを安価に作ることができないものかと思ってみたりもしますが自然の繊維の優しさは科学に力ではきないのかもしれません。

ケーキなどには葛はあまり使われていないようで和菓子に葛を使うことを見つけた日本人はたいしたもの。葛、寒天、凍み豆腐は日本の食の文化である。 
 今日は空海、弘法大師の祥月命日でそして明日は中秋の名月、葛の話ではないですが毎月20日21日22日の3日だけ東寺に納めるお菓子が西本願寺の南西角の笹屋伊織の店頭に並ぶ「どら焼き」これは世間で言うどら焼きと少し異なる、丸い筒状の外郎を蒸したようなものの中に小豆餡がある筒状のお菓子。竹の皮でつつんで販売しえいる、以前、饅頭や今川焼などどこにでもあるような名前のお菓子を土産にすると「どにでもある饅頭」という常識のない人にこの笹屋伊織の「どら焼き」を土産として渡し何かと尋ねたので「どら焼き」と答えると「フンどら焼き」と鼻であしらうように馬鹿にされたことがあります、このお菓子は東寺で修業をする僧侶が脚気等にならないように何か良いものはないかと作られ、弘法大師の祥月命日に東寺に納められたもので前後3日だけ販売される1日や10日あるいは24日に求めても店頭にはない、遠方からこのお店に行かなければ買えないものをたまたま販売している日に店頭で見かけて購入したものと知らず「フン」とあしらわれると相当気分が悪くなる、お菓子についての知識がなくても何かほかに言いようがあると思う、お菓子を土産にした時の愚痴はたくさんありますがそれについてはまたいつか、明日は白玉のお団子があう日です、私の母はよく白玉のお団子を作ってくれたものです、私が妹達は風流なことや昔からの習慣はまったくしないといいますと母親が昔していたのだから知っているはずだといいますが子供の時しているのを見ていたからといっても年頃に教えておかなければその意味もわからず、あえてチクリと一言言うとお父さんが教えてくれなかったとか母は言わなかったと平気で言います、50を超えれば教える側、書店で本を購入しなくてもインターネットで検索すれば常識以上のことは調べることができる時代、うす雲、醤油饅頭、醤油羊羹、松葉などのお菓子すぐ検索すれば途中下車してお土産を買ってきたことも推測もできます、相手の思い入れはそこでわかること後でびっくりしてわび状などをしたためないようにしましょう。

 最近の葛粉は馬鈴薯から作られているものもあるようですが吉野葛は高価ですからこれも致し方のないことかも、品質や風味、食感に違いがなければいいと思いますが、片栗粉とか、ワラビ湖、葛粉の品質にこだわるとまた問題が出てくるのではないでしょうか、

2010年9月16日木曜日


秋風は涼しくなりぬ馬並めて いざ野に行かな萩の花見(10・2103)
秋風が涼しく吹くようになった。さあ、萩の花を見に、馬を連ねて野原に出かけよう

ゆくりなく今も見が欲し秋萩のしなひにあらむ妹が姿を(10・2284)
ひくりなくいまもみがほしあきはぎの しなひにあらむいもがすがたを
突然に今も見たいと思ってしまいます。秋のハギがたわむようにしなやかに美しい恋人の姿を

万葉集には萩を題材にした歌が非常に多いそうです。また、ヤマハギ、マルバハギなど10種以上の品種がある。現在では女性の美しさを例える花はたくさんあるが古の万葉人はしだれる枝のたわみを恋人の姿にだぶらせ絵画のように表現している。
ハギは枯れたように見えても毎年生えてくることから「生芽(はえぎ)」と言われていたがこれが転じてハギとなったという説があるそうです。ハギに萩の字をあてるようになったのは平安時代以降とのこと。

ハギの根はめまいやのぼせに効果があるとされ開花後、根を掘り乾燥させて煎じたものを飲用していたようです。
 ハギの種子は粉末にして粥や飯に炊きこんだり、花は吸い物の実や天ぷらにして食すると美味しいそうで、葉はお茶の代用にされている。
 
 秋の初め、杖をつき四国の山道を歩きはじめたころは歩くことと道しるべのお遍路の絵を描いた目印の案内札のみに気を取られ景色を見る暇はほとんどない、足も慣れると左右の野草や木々の花を見る余裕ができる、もっと慣れると看板に目が向くのですが、愛媛あたりを遍路していると道路沿いに「一六タルト」の看板が目立つようになる、このお菓子本来はカステラであったのが江戸時代に色々とく数を加えバターを使用することなく砂糖と卵と小麦だけでジャムを使用することなく甘さ控えめの餡に柚子で香りを加え風味をだしている。このお菓子は賞味期限が14日とながくお土産にも最適で松山市のお土産として有名である。
 餡の風味が柚子であるとかバターを使用していないのでコレステロールを気になさる方には最適、また、いただく側も材料を知れば話も少しは広がると思う。  
  

2010年9月15日水曜日

なでしこ


我がやどの なでしこの花 盛りなり 手折り手一目 見せむ児もがな(8・1496大伴家持)

撫子の花が今真っ盛りです。手折って一目見せてやれるような女の子がいたらよいのに

ナデシコ、秋の七草で多年草、河原撫子と呼ばれ別名「大和撫子」とも呼ばれるがこれは中国から渡来した石竹(せきちく)を唐撫子(からなでしこ)と呼び区別するためである。

 4~5月ごろに若葉を茹でて水に浸しアクを抜きおひたしにして食べたそうである。
 種子は利尿作用があり煎じて服用したそうである。

 今日は半月、仲秋の名月まで7日、すでにツバメは南に旅立ったようですが猛暑のせいかまだセキレイの鳴くのを聞きませんが赤とんぼは秋ですと教えてくれたいます。

 この時期になると一服の涼しさを味あわせてくれる生菓子が店頭に、白露(びゃくろ)というお菓子ですが小豆のつぶ餡を緑色のそぼろ餡で包んで、錦玉のそぼろをのせ朝露を風情したものがお茶会で出される。9月9日には菊のお菓子、月明かりを楽しむようになると葉鶏頭の彩りで季節を表わした雁来紅(がんらいこう)といお菓子も出てくる、雁が渡ってくるころに咲く花を意識して名前がつけられたこのお菓子もこし餡のお菓子、茶きん絞りで黒糖の風味も楽しめる。白露は京都御苑の南あたりのお店で雁来紅は宇治の三室戸寺あたりを散策して探してみてください

2010年9月11日土曜日

ふじばかま


萩の花 尾花 葛花 なでしこが花 をみなへし また藤袴 朝顔が花(8・1538山上憶良)

フジバカマが万葉集に詠われているのはこの一首だけだそうです、花は8月から10月までながく咲いてる、同種のヒヨドリバナとよく似ているので混同されることが多いようです。
 藤袴の花は淡い紅紫色で葉のつき方と形が異なるのでよく見ればわかるそうである。
 ヒヨドリバナにはサワヒヨドリ、ヨツバヒヨドリなどがある。花は白である(たまに紫色のものもあるようです)
 
 藤袴の開花前に全草を刈り取り天日にさらして風通しの良いところで乾かす、生乾きのころからよい香りがすることから香りのない草花と一緒に床の間に飾ることがあるそうです、乾燥させた葉などは細かく刻んで鍋で煮だしてから風呂に入れる皮膚のかゆみや産前産後の浮腫によいそうである、昔は侍が臭気を防ぐために兜に詰めたり匂い袋に入れて持ち歩き洗髪の際に使用したそうです、この香りは桜餅の葉と同じクマリンの香りで肝毒性があり食品にはつかわれていない、食品にはこれに似た成分の化合物が使用されている。
 藤袴の若葉を塩茹でして汁などの実として食していたようです。

 ヒヨドリバナは火取花と言われ花の終わりに綿毛が現れるこれを集めて採火の材料としていたそうでライターなどがない当時は常時備えておく必要があった。
 藤袴の花言葉は「躊躇」「ためらい」「優しい思い出」だそうです

ほのかな香りが「優しい思い出」になるのか「躊躇」させるのか植物のもつ香りを持続させるのは大変な工夫が必要で抽出するためにウヰスキーや焼酎に漬けあるいは乾燥させたり粉末にしたり時間と労力がかかるもので、加工品を税として納めたいた庶民は自分たちの口に入らないものを手間をかけて作っていたがそのようなものを作るより粟や簸え大根や蕪を作りたかったのではないでしょうか、為政者というものは勝手なもので蕎麦、うどん等は手間がかかり贅沢だ加工に要する時間があれば働け、そば粉を湯に溶いて食べるのはよいがこねて伸ばして包丁で細く切るそばやうどんはダメといっておきながら、保存や商品として売れるのであれば素麺の製造を奨励したり、内容が変われども今も昔も代わり映えのしない政策はどうなっているのか。山田安五郎という陽明学者なら大笑いするかもしれない。
 為政者のことはもうすぐ決着するようですから静かに見ていましょう、ほのかな香りのするお菓子、最近はめったに見かけないのが福寿堂〇◎というお店に「ふくふく」というふわふわのカステラのようなお菓子があるこれはイチゴ・小豆・抹茶等の風味であったり紅茶であったりで期間限定のお菓子、最近は紅茶風味に出あっていない私はこの紅茶風味が大好きで必ず買い求める、いただいている時も食べた後も紅茶の風味が楽しめる、おやつ時に胃の中に何も残っていない状態でいただくとお腹の中から香りが鼻腔に戻ってくるようなことがある嫌みのないお茶の香りそのもの牛ではないが二度楽しめる、お店の方に紅茶でなく焙じ茶を練りこんで作れないのですかと尋ねるのですが職人さんは苦労されているようで、経営者側のブログはよくありますがこのお店職人さんのブログがあり覗くと面白い。
 藤袴のほのかな香りをまねたお菓子があればいただいてみたいですね

2010年9月10日金曜日

桔梗


朝顔は 朝露負ひて 咲くといへど 夕影にこそ 咲き増さりけれ(10・2104)
あさがほは あさつゆおひて さくといへど ゆうかげにこそ さきまさりけれ

朝顔は朝露を浴びて咲くと言うけれども、夕方の光の中でこそ、一層咲き誇っています

 朝顔、秋の七草で和歌では桔梗のこと「本草和名」などでは阿利乃比布岐(ありのひふき)阿里乃比布木(ありのひふき)と記されている。
 蟻が桔梗の紫色の花をかむと赤く変色する、蟻の蟻酸によるもので古代人の観察力はすごい、根は漢方で桔梗根と言われ咳止め等にもちいられている。カバさんがCMでうがいをしているお薬は緑茶や紅茶等の渋みのあるものが若干混ざると濃紺に変わるこの場合の表現は?
 白い花の桔梗を蟻が噛むとどうなるのか?

 桔梗は多年草である、根を採取する際は全部採取しないこと、朝に蕾がポンと咲くと言われているがまだ聞いたことがない。
 新芽や若葉はよく茹でて水にさらし、おひたし、あえもの、油炒め、煮物、天ぷらにしたり、また、漬けものにもされる。茹でたものを乾燥して保存するところもある。
 花は酢のものにされる。
 根は佃煮や天ぷらにして食べる。

 鶴屋◎〇のお菓子に外郎でつぶ餡を包んだお菓子がある、餡をのせて五か所をつまむようにして包むと餡が薄い外郎にすけて桔梗のように見える。写実的ではないが色と五弁の花弁が桔梗を連想させる。
 材料的にはミナヅキという背越しの払いにいただくお菓子と同じかもしれないが甘さと食感は異なると思う近いうちにいただきたい。
 外郎は上新粉で作られるが薄力粉で作るところもある、外郎の味を語る人は上新粉10と薄力粉10にわらび粉3の割合で外郎を作るとプリッとした食感の外郎ができるらしい、上新粉の餅餅とした食感も捨てがたいが、わらび粉とは贅沢な着眼点である、わらび粉の代わりに葛粉を使うこともあるようです。

2010年9月9日木曜日


人皆は 萩を秋と謂ふ よし我は 尾花が末を 秋と謂はむ(10・2110)
みんなは萩を見て一番秋らしさを感じると言いますが、ままよ私は尾花こそが秋の風物だと言いたい

さ雄鹿の 入野のすすき 初尾花 いつしか妹が 手を枕かむ(10・2277)
入野の初尾花のように、ういういしいあの娘の手をいつ枕にすることができるのだろうか

初尾花、穂が出たばかりのススキ、
ハダススキと詠うと皮に包まれているまだ穂として出ていないススキをいう

 ススキはイネ科の植物である
 上の歌は世間では美しい花を秋を代表するものだと言うが美しい穂を咲かせるススキがいいというユーモアを詠っている。下の歌は美しい尾花を若い女性にたとえまだ親しく話ができない憧れである状態を詠っている。尾花の語源は薄・芒(すすき)の花の形が動物の尾に似ているからと言われ「花芒(はなすすき)」ともいう。ススキは葉の状態によって変種があり「糸芒(いとすすき)」「鷹羽芒(たかはねすすき)」「縞芒(しますすき)」などがある。ススキを茅(かや)とも呼ぶことがあるが屋根を葺く草を茅といいススキだけでを指していうものではない

 仲秋の名月を栗名月、翌月の名月を芋名月と言い涼しくなった自然を楽しみ暑苦しかった夏の夜を忘れ過ごし易い秋の夜長を楽しむ風流は四季があるからこそ。芒を生けて団子を供え収穫への感謝ですがススキは稲の代わりである、団子月夜と名付けて十五夜の前後を楽しむのも心を豊かにする方法ではないでしょうか。
 スィーツが小麦で作られるケーキにとって代わる前は白玉団子が主役で、暑い夏はクルミ餡にカキ氷をかけて食べたり、寒天や蜜豆に小さな白玉団子を入れ冷やしおやつに、涼しくなるとミタラシ団子に、寒くなると善哉やあぶり餅に団子は年中食べられていたスィーツの原点である、原料の粉だけでは甘みはないが甘くしたり香ばしさを加えたり工夫をするのが人である

 十五夜には団子を十五個つみあげて供える風流団喜という団子がある、五色に色づけた餅皮でこし餡を包んだ月見団子月明かりで見るときれいに見える
 みたらし団子は黒砂糖の蜜に葛をまぜ焼くほのかに香る黒砂糖の風味は癒される
 カボチャ善哉、カボチャの餡子にお団子、黄色い餡に白いまん丸の団子、長月の夜長にピッタリ
 今日は菊の節句、唐揚げチキンの日でもあるらしい、菊のお菓子についてはまた後日に

2010年9月8日水曜日

女郎花(秋の七草の食し方)


をみなへし 咲きたる野辺を 行き巡り 君を思ひ出 たもとほり来ぬ(17・3944大伴池主)
オミナエシが咲いている野辺を行き来して、あなたを思い出しては回り道をして来ました

オミナエシはオトコエシ(男郎花)の白い花と比べ花姿が優しく女性的であることから女郎花という文字があてられたと花の由来の書に記載がある。「おみな」は女性(娘)の意味、なるべしの「へし」がつき「おみなへし」に変化したそうで「女性さえ圧倒してしまうほど美しい姿」と言うのが本来の意味。

 女郎花は「粟花(あわばな)」「粟米花(あわこめばな)」「粟黄金花(あわこがねばな)」「蒸粟(むしあわ)」

 たもとほりは、同じ所をぐるぐるまわる、行きつ戻りつするという意味

 京都府の石清水八幡宮にお参りする機会があれば松花堂庭園を訪れてみてはどうでしょうか、この庭園の隅に謡曲でおなじみの女郎花塚がある小野頼風に振られた女性を哀れみ築かれたもの少し離れたところに頼風の塚がある。容姿のみならず心まで美しかった女性であったからこそ頼風も後を追ったのでは、昨今のように刃物を振りかざしたり秘めごとを出版したりする女性は女郎花に圧倒されているのでは?
 この松花堂庭園の美術館で16日から12月12日まで「ふるさと八幡の宝物」展が催されている、日曜日には茶室に釜がかけられるそうである
 松花堂昭乗は小堀遠州などと茶を通じて一つの文化を形成した阿闍梨。隠棲の地、秋の庭も風流を愛でる地であるかも

 女郎花は昔から食べられていた
  てんぷら以外で食する場合は、茹でるがその際に塩を少し入れしんなりするまで茹でその後、水にさ らしてアク抜きをする
 てんぷら
  食べるには採取したものを水洗いして水気をふき薄めの衣でカリッと揚げる
 油いため
  アク抜きし水を絞り細かく切って油でいため味 噌で味付けをする。
 おひたし
  アク抜きしたものを適当に切り鰹節を振りかけ醤油をかけいただく
 ごまみそ和え
  アク抜きしたものを細かく切り、すりごま・味噌・みりんを合わせて和える、味噌は甘くすると子供 も喜んで食べる、酢・塩・醤油・味醂・はちみつで和えると三杯酢やごま酢あえもよい
 女郎花飯
  アク抜きしたものを細かく切り、塩と醤油を入れて炊いたご飯に混ぜる

 根を天日で乾燥させると漢方薬の敗醤根と言う解毒剤になる、名前のとおり醤油の腐ったようなにおいがするそうである
 オトコエシも女郎花と同じようにして食べられる。 
 明日は9月9日菊の節句である

2010年9月6日月曜日



妹が家の門田を見むとうち出来し 情もしるく照る月夜かも(8・1596大伴家持)

あなたの家の近くの田の具合を見たいといってきました。そのかいがあって、今夜はいい月夜ですね。

稲に関連のある言葉は田、穂、斎種などがある


 稲の花は風媒花で昼に数時間開花して自家受粉をするので隣の田に異なる品種が植えてあっても交雑する可能性は低い、また、稲は多年草であるが日本では冬に枯れる、越年した場合は二年目以降収穫量が激減するといわれている。
 稲は田植え後50~80日ほどで5割ほど穂がでる、収穫量は出穂期の天候に左右され天候不順になると受粉が進まず不作となる。
 早稲はそろそろ稲刈りの時期であり生育の遅い品種はあとひと月ほどこの時期に台風の来襲や雹が降ると被害甚大、稲刈りが終わると秋祭り。
 
 米は主食と言う方がほとんどであるが和菓子の材料である、餅や煎餅はもちろんのこと新粉は外郎や団子や柏餅に、餅粉は餅菓子に道明寺粉は桜餅やみぞれ羹、寒梅粉(みじん粉)は落雁にとその加工方法によって色々なお菓子に変化する。

2010年9月5日日曜日

すすき


君に恋ひ しなえうらぶれ 我が居れば 秋風吹きて 月傾きぬ(10・2298)
あなたが恋しくて、しおれてしょんぼりしている私がいると、秋風が吹いて月はもう傾いてしまった

 日中ははまだまだ夏そのもの、ようやくピンク色や白い百日紅やムクベの花が散り始め夏は終わりと言っている、秋なのかと思っていると夜明け前にコオロギと鈴虫が鳴きはじめ秋の実感が。

 上の歌の下の二句、彼氏のことを思いながら秋風に吹かれていると月が傾いてしまったと詠っている、長時間思う方のことを待ちながら考えていた女性の切ない気持です。

 夏の夜と秋の夜、同じ夜でも苛立つことなく過ごせる時間となりつつあるようです、巷ではながい夏のおかげで穀物や果実の成熟が早く農家を慌てさせているようです、台風の来る前に収穫できればありがたいことと昔の人は言ったかもしれないですが、収穫時期の予定が狂うと経済にひと波乱、政界にも波風が立つのか昨日と今日が正念場、
 
 ススキはどちらになびいているのか月が傾いてしまったことに気がつくまでゆっくりと話を聞くのも判断する側の戦法
 

2010年9月1日水曜日

不意の災難


梅柳過ぐらく惜しみ 佐保の内に 遊びしことを 宮もとどろに(6・949)
うめやなぎすぐらくをしみ さほのうち あそびしことを みやもとどろに

梅や柳の盛りが過ぎてしまうのが惜しくて、ちょっと近くの佐保で遊んでいたことが、宮もとどろくばかりに大騒ぎになってしまった

 この歌は宮中で謹慎処分を受けた舎人(とねり、下級役人)が鬱憤を晴らすために詠んだもの、事の次第は天皇の警護役の舎人たちが春日野に遊びに行き、打毬(だきゅう)を楽しんでいたところ雨が降り出しそのうえ雷が鳴り出した、警護の者は咄嗟の際には天皇の身の回りの世話をするのであるから雨風のため大変な状況になり誰もいないことを知った責任者は驚き慌てたものと思う。

 この舎人は貴族の子弟であるからこのように御所を抜け出したのであろうが、本来の下級役人であれば天皇の近侍として使えることはない、行儀見習いの現在でいえばインターシップのようなもので反省の様子はみられない
 何事もなければ赤信号みんなで渡れば怖くない、気分転換のため遊ぶのであれば交代で出かければよかったものを全員で遊ぼうとしたところに若者の愚かさがある運が悪いという言葉はこのようなときのことを言うのであろう
 佐保の内とは御所から遠くないところであるのにということである
 世間では大山鳴動してネズミ一匹ということもある、雨が降り雷が鳴り響き御所内の御殿が水浸しになっただけであれば、天皇も怒りはしたものの外向きのため謹慎処分ですませたものと思われる
 この当時は雷が鳴ってもまだ「くわばらくわばら」と呪文をとなえていなかったことは明確である。
 今日からしばらくは永田町や報道関係者は佐保の内ならかまわないだろうと飲みに出かける方はいないと思うが少しぐらいならと飲んでいると思わぬ情報に出あうかも