2010年12月1日水曜日

ぬばたま


ぬばたまの黒髪濡れて沫雪の 降るにや来ますここだ恋ふれば(16・3805)

漆黒の黒髪も濡らして淡雪が降っているのにいらしたのでしょうか。私がこれほどまでにお慕いしていましたので

ぬばたま、ヒオウギの種子。直径5ミリの黒い種子で黒や夜の枕詞としてつかわれることが多い
ヌバタマの黒髪、綺麗に櫛でとかれた漆黒の女性の髪

人を思うということは暑さ寒さは関係ないようである、雪が降ろうが豪雨であろうが支障とならないようですが深草少将は風邪には勝てなかった100日の間妙齢の美人の所に通えば心を許しましょうと言われ通い続けること99日100日目に風邪をひき高熱のため寝込み通えなかった、100日の恋は成就しなかったそうである。
99日何事もなく経過したのに最後の1日彼に災いが起こった彼女はなぜ彼のもとに行かなかったのか、山科から伏見までそれほど遠くない、思いやりと愛があればもっと良い話に発展していたのでは!!

栄福堂という和菓子屋さんの焼き菓子に「想いやり」という饅頭があり形がハートで甘みはおさえめで、甘いのが苦手な方にもいいと思う、1つから買えお値段も手ごろでした。包み紙は千代紙風で食べながら折り鶴を折ってみて楽しむ方法もある。おやつにはちょうどいい大きさだが彼氏と彼女が食べるなら半分づつでもOKである。

バレンタインデーやホワイトデーにどうでしょうか彼も彼女も心に残るお菓子になる

2010年11月28日日曜日

マユミ1


南淵の細川山に立つ檀弓束 纒くまで人に知らえじ

檀(まゆみ)別名ヤマニシキギ、日本・中国に自生する雌雄異株の落葉の低木とされているが樹は結構高くなる、花は初夏に咲き果実は秋、実の色は品種により白・薄紅・農紅と異なる果実は熟すると果皮が割れ種子が現れる、市販のマユミは雌木がほとんどであるが雌木1本だけで果実がなる、水分条件と剪定に注意すれば害虫に強いので庭に植えるのに適している、秋や初冬にメジロやヒヨドリが実を食べるが種子の脂肪油には下痢、吐き気、筋肉の麻痺を引き起こす成分が含まれヒヨドリやメジロが大量に果実を食べると飛べなくなり凍死することがある。

新芽は山菜として天麩羅、おひたしにされるので庭に植えて楽しまれる方もある、樹はよくしなり強いことから弓の材料とされていた古くは和紙の材料にされた。

生薬としてつかわれ合歓皮(ごうかんひ)衛(えい)矛(ぼう)とよばれ樹皮や種子がつかわれるが強い毒性と神経麻痺をおこす成分を含むので素人が安易に用いるには注意が必要、打ち身、便秘に効能があり蚤やシラミには煎じ汁が効くそうである。

2010年11月27日土曜日

栗2


松反 四臂而有八羽 三栗 中上不来 麻呂等八子
松返りしひてあれやは三栗の中上り来ぬ麻呂といふ奴(9・1783)

鈍感な人でもないでしょうに、京に行ったまま私の所には来もしないで、麻呂という人は。まったく、もう・・・

栗の花は四月に咲きますが実は秋になります、三栗とはイガの中には栗の実が三つあることからの表現ですぐ後に続く中を導く語

旧暦の10月になると和菓子のお店には「亥の子餅」なるものがあらわれる、お店によると由来は源氏物語と説明書きがあるがこれは光源氏が紫と暮らし始めた二日目の夜に亥の子餅がだされたとあり、子孫繁栄の縁起にちなみこの時期に食べられるようになったとある、元は神功皇后の三韓出兵で筑紫に還啓された皇后は後の応神天皇を出産されたが香阪(かごさか)王子と忍熊(おしくま)王子が生まれた皇太子を討とうと決起、香阪の王子は能勢の山中で戦の吉凶を占う祈狩(うけがり)中に大きな猪に襲われ死亡した、これを知った忍熊王子はこの事を聞き敗走し瀬田で討ち死にした。後に応神天皇はこの事を知り能勢の住民に10月の亥の日に亥の子餅を納めるように命じたとされている。応神天皇の敵である異母兄弟を討ちとった猪の出現は天皇にとっては吉であった、宮中では献上された亥の子餅を官位により色と包み紙を別け下賜した。亥の子餅を献上する役人は猪子役人と呼ばれ当番の者が御所に出向きまた納められた餅は餅箱にして100~150であったそうで納める側の能勢の住民にとってはもち米、栗、小豆の調達に苦労をしたと思われる。
 亥の子餅は別々に蒸したもち米と小豆を挺桶(ねりおけ)でこねつけて淡紅色に仕上げ別に煮た小豆の餡を流しかけ栗の実を並べ熊笹の葉で覆い献上された。餅は猪肉、栗は猪の骨、笹は牙を模している。
後に室町幕府や徳川幕府も年中行事として亥の子祝いと称し大名・役人の登城する日・時刻、退出する時刻まで決めさらには城内のかがり火は釣瓶式の大篝火とまで定められた。
10月朔日に亥の子餅(幕府では鳥の子餅と称した)を拝領した大名や役人はこの日に囲炉裏開きをし炉で鍋を焼き火鉢に火を盛る習慣となった。
 茶道では11月に風炉から炉に変え釜を鎖で吊るして茶事を行うが江戸時代のこの風習が起源ではないだろうか。
亥の子餅は京菓子とされているが本来は摂津の能勢で作られ献上されていたものでありその形、色は決められていた、現在では亥と焼き印が押された煎餅状のものや饅頭もありそれぞれの店で工夫を凝らし味だけでなく目でも楽しめる。
亥の子餅は源氏物語による言い伝えではなく古事に由来し栗は猪の骨であるそうだと説明できる和菓子屋さんは少ない。
この餅、大きさは市販の子餅を少し小さくした程度であるが2個もとめると牛丼1杯より高い、一口でいただく方もあるかもしれないが小腹が空いたからとか昼食前に空腹を満たすためにパクリといただくようなことはしないでいただきたい2個で牛丼1杯半でまだおつりがありますから、上品にいただいてくださいと言いませんが美味しくいただきましょう。
淡紅色の餅を猪の肉にみたてるところは羊の肉を羊羹にみたてたところとあうのは日本人の発想の豊かなところにあると思う、餅をいただくときにはこのウンチクを忘れてゆっくり味わいましょう。

2010年11月25日木曜日

紅葉2


めづらしとわが思ふ君は秋山の 初黄葉に似てこそありけれ(8・1584長忌寸娘)
なつかしく存じ上げるあなたは、秋山のはつもみちに似て初々しく匂やかでいらしゃいますね。

春や秋の山を詠ったものは長歌を含み結構ある万葉の当時は紅葉を黄葉と表記し楓(カエデ)の表現は少ない。

言葉の表現で秋を端的に言い表したのが「小さな秋」がある、小さい冬・小さい夏・小さい春と詠われることはほとんどない、暑い夏から心地よい涼しさが眠気を誘う小春日和という陰暦十月の表現も生まれたのではないでしょうか。

秋といえば黄色いイチョウや紅色のモミジをかたどったものを抹茶色の羊羹の上に置いて透明の寒天を流し込むと苔むした庭に舞う小さな秋が目のごちそうにそして暖かい飲みごろのお茶を淹れて出された器を手にするとほっとする暖かさの感覚が手に伝わり、それをいただくと五臓六腑にしみわたる温かさ、抹茶でも煎茶・紅茶でもいいコーヒーも温かいものなら、これからはおもてなしとしては心のこもったもの。

茶樹は帰化植物のひとつであるそして黄色く色づいて秋を思わせる公孫樹もそうである日本の気候・風土に応じたものであることは間違いない。

暑くなったり寒くなると風邪が流行るが、庶民がお茶を飲用するようになりはじめたころお茶問屋の丁稚に流行り病なしと云われるようになり既成事実からお茶の殺菌効果を知った昔の人は茶ガラを部屋にまいて掃除をしたり高価な煎茶は天日干しをし炒ってフリカケにして恵である成分や栄養をすべていただいていたそうである。

2010年11月17日水曜日

蓼2


みてぐらを奈良より出でて水蓼穂積に至り鳥網張る、坂手を過ぎ、石走る、神なび山に朝宮に仕は奉りて吉野へと入ります見れば古思ほゆ

水蓼(みづたで)水辺に生える蓼、生薬ではヤナギタデのことを言い水蓼(スイリョウ)と呼ぶ。
八穂蓼(やほだて)となると沢山の穂がついたタデという意味になる
鳥網(となみ)、坂手(さかて)、石(いわ)、朝宮(あさみや)、古(いにしえ)

奈良を出て、穂積(ほづみ)に至って坂手(さかて)を過ぎて、神なび山の朝宮(あさみや)を奉りし吉野に入っていらっしゃるのを見ると昔の事を思い起こします

奈良、穂積、坂手、神なび山、奈良の地名

持統天皇のことを詠んだ歌とされているが詠み人知らず

タデ科の一種に櫻蓼(サクラタデ)がある淡紅色の花が咲くものと白色の花が咲くものがある、これも食あたり、虫刺されの生薬とされ珍重されてきた。

蓼味噌
 タデの若葉、花茎をよく水洗いし細かく刻んでおき、すり鉢に味噌を入れ刻んでおいたタデを入れよくアタリ出汁を少量(好みの量)加えさらによくアタルとタデ味噌ができる。刺身蒟蒻のたれや酢味噌和え・サラダのソースによくあう和風のソースである大人の味を好むならいろいろと量を変えチャレンジしてみるべし。

2010年11月15日月曜日

しゅうかいどう



伊藤左千夫 左千夫歌集 から
秋海棠のさはに咲きたる背戸山に米とぐ女の児手白足白

朝顔は都の少女秋海棠はひなの少女か秋海棠吾は

秋海棠、ベゴニア属の多年生草本で球根植物、原産地は中国山東省・マレー半島で江戸時代に日本に持ち込まれた帰化植物である、松尾芭蕉は花の色を見て西瓜色と句を詠んでいるが花の色は淡いピンク、濃いピンク、白があり観賞用として品種改良がされ、耐寒性が高く直射日光を嫌い明るいところをを好むので木の下草として庭に植えられることが多い。
貝原益軒の大和本草に中国名も秋海棠で音読みでシュウカイドウと言い瓔珞草(ヨウラクソウ)とも呼ばれる。
全草に殺菌作用のあるシュウ酸を含み茎・葉を生のまますり潰しかゆみのある皮膚疾患(水虫・タムシ)の患部に直接塗布すると効果があるそうで一時的な措置に庭の草を刈り用いた、葉を食べた方があり酸っぱいと感想を記している書物もある。

2010年11月14日日曜日

蓼 1


わが屋戸の穂蓼古幹採み生し 実になるまでに君をし待たむ(11・2759)
わがやどのほたでふるからつみおほし みになるまでにきみをしまたむ

我が家の蓼の古い茎から穂を摘んで新芽を出させ、それがまた実になるまであなたを待っているでしょう

蓼(たで)、タデ科タデ属の一年草、ヤナギタデ、イヌタデ、ベニタデ、アオタデ、など種類は多くが全国いたるところに自生する

蓼は奈良時代には大豆や海藻に並ぶ大事な食品であったが貴族や上級役人あたりは薬味、生薬としての効能よりもどくとくの辛みからどこにでもある気にもとめない植物扱いをしていたようであるが、庶民にとっては一度に全草を摘まず脇芽をのばして日々食用とした大切な植物のひとつであった。蓼食う虫も好き好きという諺があるが蓼のもつ辛みと身体に良い成分に対し大変失礼な表現である。

(原文)小兒等 草者勿苅 八穂蓼乎 穂積乃阿曽我 腋草乎可礼
(読み)童ども 草はな刈りそ 八穂蓼を 穂積の朝臣が 腋草を刈れ(16・3842平群朝臣)
(意味)子供たちよ草を刈らないで穂積の朝臣の臭い脇毛を刈りなさい
これは彼の子孫としては大変恥ずかしい詩ではないでしょうか、仲の良い友人をからかったつもりでしょうが数百年というか万葉歌が語り伝えられる限り残る、ユーモアととれるか際どいところで、賢明な歌人は詠み人知らずとなるようにしている、東歌や詠み人知らずの恋詩のほうが蓼も喜ぶ

柳蓼の葉をすりつぶして酢でのばしたタデ酢は鮎の塩焼きに添えられる。タデの辛み成分はポリゴシアールと呼ばれるセスキテルペン・ジアルデヒドで昆虫の摂食阻害作用や抗菌作用がありタデオナールとも呼ばれている。ヨーロッパでは柳蓼の実を胡椒の代用としてつかわれるようで果実の辛みも捨てがたいものがあるようです。
タデ食う虫も好き好きというが辛みの強い蓼を食べる虫もあるということは有害なものを含んでいないということで適度に食べることは良いことではないでしょうか
柳蓼の成分は血液の凝固促進、血圧降下作用があり消炎、利尿、下痢止め、解熱、虫さされ、食あたり、暑気あたりに効果があるということで民間薬として重宝されてきた、暑気あたりには茎と葉をすりつぶし同量のオロシショウガを混ぜて服用すると夏バテ防止に良いそうでです、痛みのある腫れものには生の葉をもんで塗布すると痛みが治まるそうで応急的な痛み止めには効果がある。
ネパールでは葉を砕いて川に流し魚をとるそうである、また葉は黄色の染料ともなるらしい。 

2010年11月13日土曜日

宮材


宮材引く 泉の杣に 立つ民の 休む時なく 恋ひ渡るかも(11・2645)
宮材を引き出す泉の杣の役民のように休む時もなく恋し続けることだよ

宮材(みやぎ)、東大寺、大安寺、薬師寺などを造営するための木材
泉、泉木津(京都府南部)
杣(そま)、筏あるいは筏を組んで川を下る船頭や小連関連する作業をするものを表現しているよう
立つ民、労働を課せられた庶民、役民ともいう

宮材はスギや松、ヒノキなどをあらわしている
平城京のお祭り終わりました、奈良には上宮王(厩戸皇子)後に聖徳太子よばれた為政者達が造営した木造建築物が多数残されている、解体修理や改修すると当時の木材は薄く鉋をかけるとまだまだ使用できるものがたくさんあるそうで現在の建造物と比較すると雲泥の差がある。日本古来の建材等を扱う職人に聞くとその土地で採れた物を家屋に使用するのが一番だそうです。
赤道直下の安い材を輸入し数十年手塩にかけた国内の材に見むきもしない民はやがて西安や洛陽の民が松や杉に食指を伸ばしていることに気付かずにいる日出国の民はいつから日入る国の民と同等に対話するのを忘れてしまったのか!

2010年11月12日金曜日

紅葉


黄葉する 時になるらし 月人の 桂の枝の 色付く見れば(10・2202)
紅葉する時になったのでしょう 月の中の桂の枝が色づいたのを見ると

黄場、もみじ
月人、つきひと、中国では月を擬人化し月人(つきひと)、月人壮士(つきひとをとこ)、月読壮士(つくよみをとこ)などと読んでいた。
桂、キンモクセイの仲間で原文には楓(ふう)となっている

この時期、たまに紅葉の天麩羅が話題になる初めて食べた記憶は鮮明に残るようですが、食べられることに気付き工夫を重ねた先人の知恵はすばらしいが食に関心がなければ「アッソー紅葉の天麩羅を食べたの」という反応が返ってくる。紅葉の天麩羅、能勢や京都の神護寺など各地にあるようです

キク科の植物でモミジガサという観賞用の植物があるがこれを庭木の下草として植えておき4月から7月に若葉や茎を採取し乾燥させて保存し煎服するといいと聞いたことがある。喘息の生薬らしいが若葉はそのまま汁物にいれ煮て食べてもよいそうである。

錦織なす山は紅葉の季節をあらわす表現であるそうで、山が笑うと春の山だそうです

季節を色で表現すれば秋は黄色と朱そして茶色わずかに濃い緑となるようでこれを錦秋(きんしゅう)と言うようです、春は鶯色と桃の花の淡いピンクであるかも
 形であらわしたのはやはり紅葉饅頭か栗饅頭、最近は栗を入れた栗コロッケなるものも店頭に現れ秋の商品はあらゆるところに。

2010年11月11日木曜日

草


恋草を 力車に 七車 積みて恋ふらく 我が心から(4・694広河王女)
こひくさをちからくるまにななくるまつみてこいふらくわがこころから

恋草をつから車に幾台も積むほどおびただしくあなたを恋するのも 私の心からわき出るものなのよ

恋草、地中から萌え出で生い茂る草の勢いと溢れ出る恋心を喩えたもの

広河王女(ひろかわのおほきみ)は穂積親王の孫で無位から従五位に叙せられた人物

力車、租庸調の税のほか贄(にえ)とよばれる天皇のための食物を積み運んだ運搬用の荷車

現在、力車を検索すると人力車がアップされ荷車は現代人の脳裏から消えさっている、七車とは沢山のとかこんなにという喩えであると思われる。今風なら10トンの貨物車7台位ということになるのか、恋草と詠われた季節は秋だそうで春や夏のように熱くなる心でなく冷静に相手のことを思い悩んだ末の気持ちを詠い熱き心を女性から打明けられ相手はさぞときめいたことだと思う

2010年11月7日日曜日

をち水


我が手本 枕かむと思はむ ますらをは をち水求め 白髪生ひにたり(4627)
わがてもと まかむとおもはむ ますらをは をちみずもとめて しらがおひにたり
私の手を枕にして寝たいと思っていらっしゃる赤麻呂さんは、若返りの水を求めていらっしゃい。白髪が生えていますよ。

白髪生ふる ことは思はず をち水は かにもかくにも 求めて行かむ(4・628佐伯赤麻呂)
しらかおふる ことてゃおもはず をちみずは かにもかくにも もとめていかむ
白髪が生えていることは、何とも思いません。若返りの水は、何としても求めに行きましょう。

昇任試験の面接で面接官が「君の部下の女性が髪を染めたら君はどうする」と質問されたそうですが貴方ならどう答えますか。
私なら即答はせずしばらく沈黙し、面接官を右から左、左から右に見て「その時でなければわかりませんが男性で白髪を染めている方も大勢いらっしゃいますので」と答えると思います。オシャレと自己主張は異なる、市役所の市民課等や警察の運転免許課に行った際に働いている方の三分の一以上の御髪が白いと訪れた市民は明るい役所だと思うだろうか、また百貨店で白髪の店員さんが大勢いるとどうでしょう、女性が髪を染めれて出勤すれば問題でおじさんが白髪を染めて出勤すれば問題なしはおかしい。御髪のさみしい方はノイローゼになることもあるようで植毛をしてでもと必死になっている老若男女からすると呑気な会社ですねと切り返しがあるかも

ある大手企業の関連会社に中卒でベルバラやアニメのお姫様スタイルが大好きな金髪の女性が働いていると聞いたことがありますが仕事中は金髪でもなくアニメのお人形のような服装でもないのでまったく違和感がないそうで、白髪のおじさんやおばさんが何を好むのか茶髪の若者が今何を求めているのかを敏感にキャッチし実績は経験の豊富なおじさんやおばさんを追い抜き常にトップで現在はその企業の役員になっているそうです。
この女性、仕事中は地方の方言丸出しで働いているそうですし仕事が終われば鬘を脱いで街の中に消えていくそうです少しぐらい髪を染めているからと目を三角や四角してどうする
 仕事に対する打ち込み方と髪の色は比例はしない、ある公立高校の吹奏楽部、茶髪やダボダボのズボン、ロングのスカート・超ミニスカートで駄目クラブと他校に評価されていたそうですがいざ普門館となると統制のとれた行動と楽器・道具の整頓あるいは控室前の靴の揃え方は高く評価されているそうで偏差値の高い進学校の教師が見ると恥ずかしいくらい行儀がいいそうです。ちなみに普門館の常連校は顧問や教師が指示する前に部員が先輩の行動を見て自然に合理的な行動をとるそうで体質的には体育会系のクラブであると言える。
白髪のおじさん・おばさんが目立つ会社や役所がいいのか茶髪のお姉さんが大勢いるお店が駄目なのかより仕事や目標に向かっている心と日ごろの行動ではないかと思わされる

2010年11月6日土曜日

嵯峨菊


海原の 遠き渡りを風流士の 遊ぶを見むとなづさひぞ来し(6・1016)
海原のはるか遠くから、風流な人たちの遊ぶのを見ようと苦労してやって来たのだ

風流士(みやびを)趣を理解する洗練された感覚を持つ人とでもいうのか

万葉集には風流士の言葉が見られるが野暮な凡人では理解できないことを楽しんでいいる、この歌は蓬莱からの仙女をあらわす袋鬘を壁に飾り粋な集いを楽しんでいるものでただ酒を飲み飲めないものは飲めばいつか酒に強くなるのだというような野暮天な宴会馬鹿には理解できない催しを詠っている。

壁のフクロカズラがカラスウリかカズラであるかは問題でないので宴席で壁の飾りが鬘ですなというような程度の教養では裸の王様と同じということだそうで下戸には思いやりをもち楽しく過ぎゆく季節を堪能するのが粋な人である。

嵯峨の大覚寺には大沢池があり中秋の名月を楽しみ翌月は芋名月を堪能し羽織物が一枚ほしいこのごろは菊が美しい特に嵯峨菊は見ものである、菊の時期が過ぎると紅葉である散紅葉はどこで見ても美しいものであるが景色の移り変わりを同じ所で楽しむのもまたいいものである。

よく一度、訪れたところは前に行ったからという方もあるが景色にしても博物館にしても何度も訪れてみるもの物の見方が変わり発見があるものである。

菊を詠った万葉歌はないようです

2010年10月27日水曜日

アケビ



狭野方は実にならずとも花のみに 咲きて見えこそ恋の慰に(10・1928)
さのかたは実らずとも花だ けさは咲いた姿を見せてほしいものです。恋に苦しむ心の慰めに。

狭野方(さのかた):あけび、つる性の落葉樹で雌雄同株でしかも雌雄異花。実が熟すると口が開いたようになりこれから「開け実」となり変化し「あけび」となった。
 茎の部分が生薬として使用され薬名は木通。実の種を包むゼリー状のところに甘みがある。種からは食用油を採取することもできるが最近ではあまり聞かない。
 果実の皮は大人が好む苦味があり、茎、実、種とも有効利用できる果物である。
 アケビ科の実は古来から朝廷への献上物とされたいたら朝廷は開いた実を嫌い熟していないものかアケビ科ムベ属のムベ(郁子)を望んだ。
 アケビの茎には利尿作用と抗炎症作用がある、中国ではアケビとは別の種属である関木通(ウマノスズクサ属)を木通と称して販売しているところもあるそうですがこれには腎臓障害を起こすアリストロキア酸が含まれ注意が必要である。

 ところで上の歌の返歌は
狭野方は実になりにしを今わらに春雨降りて花咲かめやも(10・1929)
今さら春雨が降って花が咲くことなどありましょうか。
である。
 紫色の果皮は美しい女性に似合うのかもしれない着こなせばしっとりとした雰囲気が醸し出されるかも
 アケビのつるで編んだ籠に花を摘み、お茶をいただき季節を楽しむのも和むものです。

 

2010年10月11日月曜日

花


八千草尓 久佐奇乎宇恵弓 等伎其等尓 佐加牟波奈乎之 見都追思努波奈
八千草に 草木を植えて 時ごとに 咲かむ花をし 見つつ偲はな(大伴家持)
いろいろな種類の草木を植えて、季節ごとに咲く花を見て楽しみましょう

万葉集には日本古来の植物から外来種のものまでたくさんの花が詠われたいますが植物の名をあげずに詠まれている歌も多く、また、造語も結構あるようで大伴家持は表現するのにふさわしい言葉がなければ造ればよいと「秋風」という言葉を作っている、季語にこだわることのない和歌はいつ詠まれたのかと想像すると楽しい

季節を現すのが植物ですが八百屋や果物店をのぞくと旬のものが並びお菓子屋さんの前を通ると季節を感じさせる銘のものが目立つのが食欲の秋、この季節の代表である栗も製造工程で名前は変わる「小栗」「渋栗」「栗大福」「栗羊羹」「栗きんとん」また商品名も「ひらがな」「漢字」「ローマ字」と様々、これに写真やイラストが加わると無数といっていいほど種類は多くなる。これまでにいただいた栗のお菓子でこれはお土産にと思って物に栗を蒸しそれを粉にして和三盆を加えて型で固めた干菓子がありましたが季節限定のものとなると仙太郎の渋栗が手間暇がかかる商品であるが味はシンプルであるのに美味しかった。

栗名月、芋名月を楽しんだのが昔の日本人である、お菓子屋さんで芋のお菓子が並び始めるとそろそろ満月ですねと話すとハイと笑顔でうなずかれると季節ですねと言わずとも通じるものがある、洋菓子屋さんでは芋だ栗だと言っても店員さんはうなずいてくれないが旬をあつかうお菓子屋さんならうなずくだけでなく時には一口いかがですかとお茶も出てくる、こんな時は素直にいただくべき

2010年10月9日土曜日

梨


もみち葉の にほひは繁し 然れども 妻梨の木を 手折りかざさむ(10・2188)
もみじ葉の染まる色も様々でいっぱいあるけれども、しかしながら、私は妻無しという梨の木の枝を手折って髪飾りにしょう

万葉集に詠われる梨は山梨をさし4月に五弁の白い花が咲き若葉のそばに数個の実がなる、大きさは3cmほどのもので日本梨は堅くて不味く赤梨と青梨があり薬効がよく知られ風邪などの解熱効果や肝臓の負担を軽くする効能から貴重な果実として朝廷に納められたそうである。
日本書紀によれば梨や栗は飢饉に備えて栽培されたもので、為政者が山野に果樹を植え栽培することを奨励したことは民を飢えさせないためである。山間部では栗や栃を植えいつしか野生化した植物も数々ある。日本には茶の木は自生していなかったが四国や西日本では野生化した茶樹があるのもこうしたことからではなかったのかと思われる。

「李下不正冠」と習いましたがこの場合の李は「すもも」日本で検索をすると左のようになるが中国では「李下不整冠」となるそうでこのことわざが作られた当時まだ梨が今ほど普及していなかったからとスモモの木の高さが人の身長と同じ程度になることからつかわれるようになった、実のなる果樹ならどのような木でもよさそうであるがのどが渇いた時に食するとおいしいものはスモモであった。

 今日、紅茶を練りこんだお菓子のことをある方から尋ねられましたが味と香りを損なわずにお菓子を作り上げるのは非常に難しいようです、香りのよい紅茶となるとアールグレーとなるようで愛知県に本社のあるケーキ屋さんFLAVORにアールグレーティーケーキがあるこのお店の紅茶は子供や妊婦さんにやさしいカフェインの無いお茶がある
 妻梨の意味も理解していただければ嬉しいが

2010年10月5日火曜日

柏


稲見の野のあから柏は時あれど 君をあが思ふ時は実無し(20・4301安宿王)
いなみののあからがしははときあれど きみをあがもふときはさねなし

稲見野のあから柏が色づく時期は決まっていますが、私が天皇を思う気持ちには全く時期はありません・

柏は広い葉をもつ木の葉の総称でホオノキ、トチノキ、アカメカシワ等を指していた。昔は九州では栽培されている柏のほかには自生しているものはなくホオノキやハナズオウやサルトリイバラのはが代用として使われるところもある。

 バショウの葉は代用というよりもカシワのないところでは同じ目的で使用されている例の一つである。
 
 古来、カシワの葉は神事に使われていたものであるが調理に用いやすいところから団子を包んで蒸すのに使用するようになったものとされている。柏は春に新芽が出るまで寒い冬も落ちずに樹についていることからつらいことがあっても頑張ろうというたとえにつかわれる。

 神社や仏閣にお参りするとミタラシ団子やあぶり餅等と同じようにカシワ餅が売られている現在も昔同様に参拝のお土産としてよく見る光景。夏は冷やして食べてもよくこれからは蒸しなおしてアツアツのものを美味しくいただくのもいい、端午の節句だけがカシワ餅の季節ではないと思います

 俳句の世界では栗は夏の季語のようですが実がなりこれを食しはじめるのは秋、美味しいものに季節はあまり関係ないのかも

2010年10月2日土曜日

栗


瓜食めば 子どもも思ほゆ 栗食めば まして思はゆー(5・802山上憶良)
うりはめば こどもおもゆ くりはめば ましてしのはゆー
 銀も金も玉も何せむに勝れる宝子に及かめやも
 しろがねもくがねもたまもなにせむにまされるたからこにしかめやも

瓜を食べれば食べさせてやりたいと子供のことが思い出される、栗を食べるとなおさらだ、子どもがまぶたに浮かんで眠れない。

栗の語源は黒実(くろみ)が変化したといわれている、日本栗(柴栗)をさして栗と呼んでいるヨーロッパの種とは大きさが異なる小ぶりのもので日本全国に自生している。栗は雌雄同株といって一本の木に雌花と雄花が咲く、雌花は雄花ぼど目立たずあのようなイガイガ(殻斗)の実になるとは連想できない。
 日本産の栗は皮が固く渋みがあり小ぶりのものが多いが鹿児島の三原山栗は粒が大きいそうである、中国産の甘栗は渋皮が簡単にむけるのが特徴でヨーロッパ産は粒が大きい、栗の皮に含まれるタンニンは抗酸化作用が強く老化防止に効果があり癌にも効能があるとされている、実にはビタミンCやEなどを豊富に含んでいる。
 秋の木の実の代表である栗、栃はイガがあったり灰汁があるからこそ食するとそのありがたさが一層増すもので、栗は餡にしても餡でくるんでもおいしくその食べ方はさまざま、最近、栗を餡で包みさらに表面に黒糖のくずをかけたお菓子をいただいた、小豆と栗を使ったお菓子にこだわるお店は結構あるが近頃は材料の原産地や添加物についてこだわる方が多いようですが、日本産にこだわる必要がどこにあるのかと思う、生産者が丹精をこめ身体にいいものを生産すればそれで問題はない、安くて身体に悪いものを含有する品物を平気で生産して販売しようとする側に問題がある日本人はすでに何十年も前に気が付き改善をしてきた。
 こだわりを持つ「身土不二」をモットーとする老舗も最近は賞味期限に苦労しているようです、
 日本は華やかな実働部隊を重視してきましたがこれは最大の欠点、物流と後方支援がもっとも重要。工場や農場でおいしく日持ちのするものを生産し短時間で顧客のもとに搬送することができれば、営業は他の店と楽に競争できる、経営者モドキも為政者仮面もこれに気づくと本物である

2010年9月27日月曜日

おもいぐさ


道の辺の 尾花が下の思い草 今さらさらに何をか思はむ(10・2270)
道の辺の尾花の下のおもいぐさのように、今さらあらためて何を思いましょうか

おもいぐさ、ナンバンギセル(ハマウツボ科)ススキなどの根に寄生する一年生の寄生植物、日本原産であるが17世紀にタバコが渡来し喫煙具の煙管に似ていることからナンバンギセルといわれるようななった。
ナンバンギセルは葉緑素をもたず光合成ができないことからイネ科の植物に寄生し養分をとりながら生育する。
野に咲く思い草は人に例えれば一人ではどうすることもできない事情をかかえもの思いをしている女性に例えられるようです。

生薬名を野菰(のこ)といい秋に全草を刈り取り天日で乾燥させたものを少量煎じて飲用すると喉によく強壮作用もあるらしい。栽培するには秋に種を採取しイネ科の植物の根基に蒔くか液肥をたびたび散布し西日をさけて栽培するとよいそうです。 
 花は白い花びらに額の部分と周りが淡いピンクで可憐な感じがするがナンバンギセルではお菓子の銘に合わないのか思い草なら秋の風情に合うと思うもののまだこの花に合うお菓子に出会っていない。

2010年9月26日日曜日

月夜


萩の花 咲きのををりを 見よとかも 月夜の清き 恋増さらくに(10・2228)
萩の花が咲き乱れているのを、見よとでも言うのか、月がさやかだ。萩の花への恋が増さってしまうのに

この歌は9月17日に詠まれた、満月まで5~6日の月も美しかったのなら今日から2~3日の間の月も奇麗なはずである季節を楽しむなら雨で月見ができないと暗くならずにあの辺りの雲の先に月が輝いていると月見をするのも粋な月見だそうで月が出る時刻が日一日と遅くなると今か今かとときめきながら待つのも良いものである。
 中秋の名月が近づくとお菓子屋の店頭には月を連想するお菓子が並びます、形は色々ですが兎を思わせるものや満月を連想する白い饅頭が多いなか鶴屋吉信で嵯峨野という饅頭があると聞いたことがあります、嵯峨野は多くの歌人や都人が名月をめでたところ、月見イコール嵯峨野であるならなるほどとうなつける、卵黄を加えたしぐれ生地に焼印でススキを描くと中秋の月見にピッタリのお菓子と納得できる、白い薯蕷饅頭の兎を思わせるお饅頭も塩瀬のうさぎ饅頭と同じくおとぎ話を思わせる。
 秋もこの頃になると葛を使ったお菓子の色も色づいてくる、砂糖がぜいたく品であった頃は黒糖の味と色で暖かさをごちそうとしたようですが紅茶やほうじ茶で風味と色をつけ甘味料を加えて湯気が上がらない程度の温かさの御馳走もいいものと思います。

2010年9月25日土曜日

彼岸花


道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は(11・2480)

道の辺に咲いているいちしの花は、はっきりと人の目につく。私の恋しい妻のことも、その花のようにもう人々に知れ渡ってしまった。

いちし、彼岸花のことで多年草の帰化植物である、天上に咲く花といわれている曼珠沙崋、「イチジバナ」「イチシセン」「手腐れ花」「舌曲り」「花見ず花見ず」「仏花」「狐花」「狐簪」など20近い呼び方がある。

彼岸花は全草に毒を含み球根にはアルカロイド系のリコリンが含まれ生で食べると下痢や吐き気を催しまた神経麻痺を起すが、漢方では石蒜(せきさん)といい球根をすりつぶし小麦粉を入れて軟膏状に練りタムシや水虫の初期の湿布薬として用いられたようです。
毒性の強い植物ですが人の知恵と経験は素晴らしく特別な処理をすれば食用となるようで飢饉の時には球根を掘り出し飢えをしのいだということです、これは海の貽貝という貝を普段は採らずに食用になるものがつきたときに採取していたものと同じであると思われる、採取や処理に手間のかかるものは非常の際以外は手をつけないのが自然の恵みに対する昔の人の考え方。 

花は燃えるような朱が目立つが白い花や黄色い花もある、

お彼岸と言えばオハギあるいはボタモチですがもち米を蒸して俵状にニギリ漉し餡や粒餡をしっかりと塗りつけるようにするが所が変われば餡を包むように握るところもある、コンビニで販売されたいるおにぎりは三角ですが三角のオハギはない、俵は大黒様であり大国主命につながる、昔の商家では商売繁盛、家内安全ということを願いお握りは俵型であったと聞いたことがある、三角に結ぶ場合は、穢れを払う法事、通夜、葬儀などの行事に限られていたようです。

月見団子も所により違うようで関西ではお団子を餡でくるみますが関東は白いお団子であると聞きました、最近はお月見団子ならぬ月見饅頭はウサギの型をしていたりお団子に黒蜜やニッキをまぶしたりで店頭のお菓子を見て歩くのも楽しい、栗名月、芋名月楽しむのはどちらの名月でも9月と10月はお月見を楽しみましょう。